この家を訪れてまず驚くのが、間口いっぱいの明るい土間玄関と、そこからほぼフラットにリビングへとつながっていくという大胆な間取り。「勇気のいる設計では?」とご主人に問いかけると、にこやかに笑ながら「この方が暮らしやすくて便利ですよ」との言葉が返ってきた。
昔ながらの日本家屋を思わせる広い土間玄関は、内外の境界を曖昧にして住む人やゲストをやさしく迎え入れてくれる空間。自転車など外で使うものや鉢植えのグリーンもそのまま置ける気軽さで、多用途に使える場所でもある。H邸では、そこに座り心地の良い椅子を用意し、靴のままくつろげる休憩スペースとして利用。そんなラフな雰囲気の玄関から、LDKと吹き抜けの2階ホールまで間仕切りなくつながるため、居住空間もかなりオープンな造りと言えるだろう。「できるだけシンプルな造りを希望しました。おかげで生活動線がとてもスムーズです」とご主人。
玄関までひとつづきになったとても開放的なリビングダイニングに壁付けキッチンの採用で、1階は広々と使えるワンルームスタイルに。2階が家族のプライベートスペースだが、個室は大小二つのみ。子ども部屋は子どもが巣立った後は収納としても利用しやすい大きさを意識したそう。
室内は、全体的に懐かしさ漂う真壁造りで古民家風の居心地の良さを演出している。木造住宅の壁づくりには大きく分けて「大壁造り」と「真壁造り」があるが、真壁造りとは柱や梁を表面に露出させる工法のことだ。古くから日本の建築に用いられてきた真壁造りの家は、木肌の質感が感じられるあたたかな空間になるだけでなく、調湿効果が高まるため高温多湿の気候風土に馴染みやすいというメリットがある。また、構造材が見えているということは、長い年月を経て木材が傷んできた場合にもすぐに対処でき、家を長持ちさせることにもつながるという。
【サイエンスホーム(小山工建)/鹿児島】
真壁造りで露出する柱や梁のほか、床や階段などH邸に使われている木材はほとんどが国産のヒノキだ。世界最古の木造建築である法隆寺の建材としても有名なヒノキは、その爽やかな香りと耐久性で人気の木材。リラックス効果も高く、家の中にいながら森林浴をしているような心地よさを感じることができる。そんなヒノキをたっぷり使っていながら1000万円台という低価格が実現できたのは、コストをかけるところと抑えるところをプロの視点で吟味しながら作業効率を高めることに成功したから。
古来より日本の家は、湿度の高い日本の気候風土に適した自然素材を用い、長く快適に暮らせる工夫が施されていた。素材の風合いや流行に左右されないスタンダードな意匠は、住めば住むほどに味わいが深まる。「真新しい住まいならではの美しさもありますが、この家は数十年の時が経っても満足感が色褪せない家だと思います」。