N邸にお邪魔したのは、水が温む季節。超早期米の田植えを終えた水田や青々とした麦畑に囲まれていることもあり、尾堂産業が自社加工する黒芯(くろじん)の無塗装で仕上げた外壁がより際立って見える。敷地を彩る多種多様な植栽も、芽吹いたり花を咲かせたりと賑やかだ。「季節の移り変わりを間近で感じられます」と笑うご夫婦。幼い息子さんとともに、庭木に訪れる野鳥や、近くを通る幹線道路を行き交う車の観察を楽しむ日々なのだとか。
そんな心地いい環境を余さず享受するべく計画されたN邸は、室内からの風景も素晴らしい。まずは、団らんの中心となるLDK。建物を南に正対させているため、1階も2階もたっぷりの自然光が差し込む。目を引くのは、南西方向の眺めをパノラマのように切り取る開口部の広がり。開口に沿うように濡れ縁が備わり、室内から庭、風景までがグラデーションのようにつながっていく。室内に居ながら、アウトドアスペースのような開放感を味わえる。
ご夫婦は以前から木の家に憧れており、ビルダーを探す際に読んでいた本誌で尾堂産業を発見。「好みのど真ん中という感じ(笑)。すぐに連絡して、日置市のモデルハウスを見学しました。住宅街なのに、家に入ると森の中にいるような感覚になったことを覚えています。エアコンの冷暖房が苦手な私たちは、太陽や風を取り入れながら〝自然室温〟で暮らすという考えにも共感。こんな家でのびのびと子育てをしたい!と思ったんです」。
土地探しからスタートしたわが家づくり。奥様が結婚当初から持っていた夢の一つに「田園風景を見ながらお風呂に入れるマイホーム」があったことから、土地勘のあるご主人が自ら探索。ようやくこの土地と巡り合い、同社社長の尾堂さんの協力を得て無事に取得できる運びに。空き家を解体し、段差のあった敷地を造成。その際にあえてフラットにせず、庭に高低差を残している。室内から見るとなだらかに下りていく感覚で、実にナチュラルなのだ。
同社ではしっかりと気密・断熱を確保し、太陽や風を活かすデザインを標準仕様としている。ご夫婦も尾堂さんと話してから、性能や機能、デザインなどに対する意識が変化していったそう。「特に心に残ったのが、9坪の家の話。その話のもとになった建築家の本を買い、小さくても居場所がたくさんあればいい、という考えに触れたんです。少なからず影響を受けて…わが家もあちこちに居場所を作っています(笑)」。
N邸の延床面積は28坪強。1階はいつでも来客を招けるパブリックスペースに仕上げ、間仕切りの無いLDKが主役だ。コンパクトな造りだが、階段下にヌックを設えたり、窓際にベンチがあったり、ちょっと篭れる空間(同社では楽座と呼んでいる)があったり。一つの空間に複数の居場所と景色が用意されているのだ。のどかな眺めとわが家の経年変化を楽しみながら、日々を自由に自分たちらしく過ごす。N邸はそんな暮らしの器になっている。
【尾堂産業/鹿児島】